「違い」を笑い飛ばして楽しめる世界

先月、車を買いました。ホンダさんのこんな黄色い車です。

これはもらってきた画像ですけど、わたしの車はナンバーが8888です。



昨日新年会があって親族で集まった時、久々に会った弟に「この色は自分で選んだの?」と聞かれました。「だいたいナンバーが6666とか8888とかいう車に乗っている人を見ると頭がイカレテル。道を走ってたら車間を開けたくなる。」って言われちゃった! 笑~



どうも、イカレテルほづみんです^^



そうなんだ!わたしの周りには、8888ナンバーの車に乗っている友達2人いるし、第一、8888って人氣で、抽選でゲットしたナンバーなんだけどな~

と言うと、



「そりゃ似たような友達が集まってるんだよ」って・・笑。 ‟類友”ですねきっと。

いやー 新しい車、大事に乗りたいから、みんなが車間開けてくれたら超ラッキーです☆ 爆笑でした。



文章だとニュアンスが伝わらないと思うけど、弟は批判的な言い方じゃなくて笑いながら、若干ツッコミを入れてる感じで言っていました。身内ですしね。



・・にしても、

私の周りの家族・友人は「いいね」「ほづみんらしい」「拝ませてw」って反応ばかりだったので、(やっぱり類友だ~笑)久しぶりに、あまりにも別の世界観に触れて衝撃&新鮮でした。



黄色の8888の車は、わたしは光のエネルギー体が具現化・可視化された、新時代に相応しい車って思っているんだけどww もしかしたら「頭イカレテル」って思われてるかもしれないんだ。そう思う人がいても不思議じゃないんだ。確かにね~ 爆 



でもね、なんていうか、この「違い」を笑い飛ばして楽しめるような世界っていいなーって思いました。



今までは、違い=分離とか、排除・排斥とか。

いじめなんてまさにそんなエネルギーをもつ思想ですよね。異質なものは認めないっていう。でも、みんな唯一無二の「自分らしさ」を持った存在ですから、「同質であれ」ってそもそも無理がありました。



誰も幸せになれないこの発想の正体は「自分には力がない」っていう思い込みからきているんですよね。もしかしたらそれは、子どものころに親や先生や周りの大人からかけられた言葉だったり、そうやって扱われることを通して、自分の中で育ててきた思い込みかも知れないのだけれど。「思い込み」という言葉を使ったのは、「自分には力がない」というのは真実ではないからです。



これからは、ひとりひとりは違うのが当たり前という前提で、お互いに制圧しない、侵害しない、矯正しないで、その形のままを楽しむというか。ぶかっこうで、どこか足りてなくて、少々イカレてる(笑)自分のままでいいし、相手のままでいい。ハートで通じ合いながらともに生きていく。そんな生き方がもうできる時が来ているんじゃないかと感じています。



こういう在りかたって、自然界のものなんです。自然界ではお互いにあるがままの姿で存在し、循環し、共存していますよね。強みを見せよう・弱みを隠そうとする人間は、あるがままでいるのが一番ヘタというか、「あるがままでいない選択の自由」を持っているんです。笑。



自由意思を授かっている人間が自然界の在りかたで存在できたら、そこは地上の楽園なんだと思っています。わたしの夢です。



ではまたね。

明日も愛ある一日を。


ほづみん

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