満ち満ちていることに最大限の注意を払う

自分が清らかなエネルギーで満たされている時、自然と無駄な思考や心配を選ばなくなります。自分のままで今ここにいる。外側の誰がどうであっても、わたしはわたしでいられる、という揺るぎなさ。本来のわたしたちはそういう存在なはずです。



らせん階段の写真ですが、自分が中心にいて、そこからエネルギーが渦巻き状(ボルテックス)に出ていくイメージです。



この「揺るぎなさ」は感覚ですから、体験を通じて自分に感じられることです。どんな体験(=時間)かというと、自分の内側から聴こえてくる声のままに動く、表現する体験(時間)です。



自分が求めていることをやりましょうということです。「やりたいことをやる」ことも「やりたくないことをやめる」ことも、自分が求めていることです。何をするかはまったく関係なくて、なんでもいいのです。



出来事の真価は「余韻」に出ると思っています。終わった後に清々しさが残るか、温かいものが流れるか、それとも、ドッと疲れが出るか、どこか空虚な感じが残るか。余韻は正直で嘘をつきません。余韻とはエネルギーです。



「自分を満たす」という言葉に出逢ってから2年と少し経ちました。何度も「自分は満たされた」と感じ、「いやまだまだだった。これからはもっと深い領域で満たしていこう」と感じることを繰り返してきました。そんな今だから言えることは、「自分を満たす」とは物質で満たすんじゃなくてエネルギーで満たすこと。それも、よりクリアな、純粋なエネルギーで。自分そのもののエネルギーで。



そして、満たされるためにはいったん空っぽにすること。今もっているものを自分でチェックしてみると、いかにたくさんのモノを持っているか驚くかも知れません。物質的なものも、思考や情報もです。空っぽにできたら、空いた分だけよりよい新鮮なエネルギーが入ってきます。



そして、「自分を満たす」のは、他とのつながりの中でともにあること。です。今日は詳しくは書きませんが。



自分を清浄なエネルギーで満ち満ちに満たしていることにいつも最大限の関心を払いたいですね。もちろん、不調な時は休むことも含めてね。この一つだけを心に置いておくだけでもいいと思うくらいですよ。



今月の「自分という名の宇宙をひらく会」は1月21日・月曜日です。いったん自分を空っぽにして満たされる時間をともに創りましょう。個人セッション、継続セッションも承っています。氣軽にお声がけください。



ではまたね


今日も愛ある一日を


ほづみん

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